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東京地方裁判所 平成5年(ワ)441号 判決

原告 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 石田義俊

被告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 佐々木正義

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

三  本件につき当裁判所が平成五年二月一五日にした強制執行停止決定はこれを取り消す。

四  この判決は前項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告と原告との間の東京高等裁判所平成二年(ネ)第二三七号離婚等請求控訴事件の執行力ある判決正本に基づく強制執行はこれを許さない。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文一、二項と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告と被告との間には、原告が被告に対し二億円を支払うべき旨を命じた東京高等裁判所平成二年(ネ)第二三七号離婚等請求控訴事件の執行力ある判決正本が存在している(以下「本件判決」という。)。

2  本件判決が確定するまでの経緯は次のとおりである。

(一) 被告は、原告との離婚等を求める訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和六二年(タ)第六八〇号)、平成二年一月一七日、離婚請求を認容し、かつ三億円の財産分与の支払いを命じる第一審判決が言い渡された。

(二) 原告が控訴したが(東京高等裁判所平成二年(ネ)第二三七号)、控訴審は、別紙物件目録一ないし三記載の土地建物(以下「本件不動産」という。)の価額の鑑定をしたうえ、平成三年一月二一日弁論を終結し、同年三月二七日、第一審判決のうち財産分与の額を二億円に変更する旨の本件判決を言い渡した。

(三) 原告は上告したが(最高裁判所平成三年(オ)第一一〇五号)、平成三年九月一九日上告棄却の判決がされた。

3  本件判決は、原告の財産である本件不動産の価額の鑑定結果に基づいて、その価額を総額六億四八九一万円(別紙物件目録一、二記載の土地建物が二億三九三〇万円、同三記載の建物とその借地権が四億〇九六一万円)と認定したうえで、原告に対し、被告(妻)への財産分与として二億円の給付を命じたものである。

4  被告は、平成三年九月二五日、本件判決に基づき、本件不動産に対して強制競売の申立てをし、同月二七日強制競売開始決定がされた。

5  ところが、本件判決の口頭弁論終結後に生じた東京都内の不動産価額の急落によって、右競売手続における本件不動産の最低売却価額は総額二億六〇九一万円(別紙物件目録一、二記載の土地建物が一億三八三八万円、同三の建物とその借地権が一億二二五三万円)という価額となってしまった。 その結果、本件判決に基づく強制執行(競売)が続行されるときは、被告は財産分与として二億円を取得できるのに対し、原告の手元に残る財産はほとんど零も同然の結果となり、本件判決の趣旨(本件不動産の価額を総額六億四八九一万円として、被告へ二億円の財産分与を命じ、原告に四億四八九一万円の財産を残すことを是認したもの)に反して著しく公平を欠き、正義に悖ることになるのであって、本件判決は、事情の変更により、もはや執行に適しないことが明白であり、本件判決に基づく強制執行は、信義誠実の原則に背反し、権利の濫用として許されないというべきである。

6  よって、原告は被告に対し、民事執行法三五条に基づき、本件判決の執行力の排除を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし4の事実は認める。

なお、本件判決は、被告への財産分与には慰謝料的要素も含まれているとしている。

2  同5のうち、本件不動産に対する競売手続における最低売却価額が原告主張のとおりであることは認めるが、その余は争う。

東京都内の不動産価額の低下は本件判決の口頭弁論終結前から一般に明らかな事実であるが、本件においては、東京家庭裁判所における夫婦関係調整調停申立事件が不調となってから本件判決の確定までに実に約四年の年月を要しており、原告がいま問題としている不動産価額の値下がりの影響の原因は、いたずらに問題の解決を遅らせてきた原告自身にあるというべきである。これに対し、被告は、女手ひとつで成長過程にある子供二人を育てており、経済的に困窮した状況にあるのであって、本件判決に基づく強制執行が信義則違反や権利濫用に当たらないことは明らかである。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一  請求原因1ないし4の事実、同5のうち、本件不動産に対する競売手続における最低売却価額が総額二億六〇九一万円(別紙物件目録一、二記載の土地建物が一億三八三八万円、同三の建物とその借地権が一億二二五三万円)であることは、いずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件判決に基づく強制執行が、信義誠実の原則に背反し、権利の濫用に当たるかどうかについて検討するに、右争いのない事実と〈書証番号略〉、弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

1  本件判決は、原告には被告の精神的苦痛を慰謝すべき義務があること、本件不動産の取得、維持については、被告及び母の貢献や協力があったこと、被告にはこれといった資産がなく、離婚後の生活の保持、子供(未成年の二人の子供)の養育に不安があること、本件不動産の評価額は総額六億四八九一万円であるが、原告が財産分与を実行するには資産を処分するほかなく、一定の税負担を余儀なくされること、原告は本件不動産のほかにも現金預金等の資産があるはずであるが、これらは明らかにされていないこと等の諸事情を考慮したうえで、原告は被告に対し、慰謝料的要素を含む財産分与として二億円を給付するのが相当であるとしたものである。

2  被告が昭和六二年に訴訟を提起してから、本件判決が確定するまで、約四年の年月が経過しているが、第一審、控訴審及び上告審を通じ、一貫して、原告の主張が排斥され(もっとも、第一審では財産分与として三億円の給付が認容されたが、控訴審では、二億円に減額されている。)、その間、原告の対応いかんでは、もっと早期の解決も可能であったと窺われる。

3  原告は、本件判決に対する上告理由において、平成二年一一月頃には鑑定評価額の八〇パーセントが現実の売買価額であったが、平成三年になるとさらに土地価格の下落が進み、鑑定評価額の約六五パーセントでも売却できないのが現状であり、このことは公知の事実であって、控訴審で主張・立証してきた旨主張しており、原告が本訴において主張している不動産価額の下落という現象は、本件判決の口頭弁論終結前から既に始まっていたものといえる。

4  本件不動産の競売手続における最低売却価額は前示のとおりであるが、右価額は、競売市場の特殊性をも加味して評価、決定されたものであって、本件判決の認定した本件不動産の評価額と右最低売却価額との差のすべてが本件不動産の価額の下落を意味すると即断することはできない。

右認定した事実によれば、本件判決は、夫婦共通財産である本件不動産の清算というだけでなく、被告に対する慰謝料や本件不動産のほかにも清算されるべき資産が存在しているはずであることなどの諸般の事情を総合的に考慮して、原告に対し二億円の支払いを命じたものであって、単に本件不動産の評価額のみに依拠してその給付額を定めたものではないし、また、不動産価額の下落の現象は、本件判決の口頭弁論終結前から始まっており、必ずしも、口頭弁論終結当時において予見することができなかった重大な事情の変更ということもできないのであって、これらの事情と本件判決の確定の経緯などに照らすと、被告の本件判決に基づく強制執行には何ら違法、不当な点はなく、右強制執行が、著しく信義誠実の原則に反し、正当な権利行使の名に値しないほど不当なものであり、権利の濫用に当たるということはできないというべきである。

原告は、本件判決の趣旨は、本件不動産の価額を総額六億四八九一万円として、被告へ二億円の財産分与を命じ、原告に四億四八九一万円の財産を残すことを是認したものであるのに、本件強制執行が続行されると、原告の手元に財産がほとんど残らない結果となり、本件判決の趣旨に反して著しく公平を欠き、正義に悖ることになる旨主張するが、本件判決は、被告に財産分与請求権として二億円の請求権があることを確定し、原告に対しその支払いを命じたものであって、原告の手元に一定額の財産を残すことを定めた趣旨でないことは明らかであり、被告が本件判決に基づき原告に対し二億円の支払いを求めることは、正当な権利の行使であって、何ら公平を欠き、正義に悖るということはできない。

三  以上のとおりであって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を、執行停止決定の取消しとその仮執行宣言について、民事執行法三七条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤久夫)

別紙 物件目録

一 所在 東京都港区赤坂六丁目

地番 一九八九番

地目 宅地

地積 九五・一七平方メートル

二 所在 東京都港区赤坂六丁目一九八九番地

家屋番号 一九八九番

種類 共同住宅

構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建 床面積

一階 六四・〇三平方メートル

二階 六八・七二平方メートル

三 所在 東京都港区赤坂五丁目一三〇番地

家屋番号 一三〇番五

種類 共同住宅・店舗・事務所

構造 鉄筋コンクリート造陸屋根三階建

床面積

一階 七二・六〇平方メートル

二階 七八・〇九平方メートル

三階 六〇・五四平方メートル

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